数字で見る玉村町と、暮らして感じる玉村町
こんにちは。玉村町地域おこし協力隊の水島です。今回は「データから見た玉村町」と「暮らしの中で出会った玉村町」という2つの視点をお届けします。
町の人口データ、見たことありますか?
自分の住む町の人口がどれくらいで、どう推移しているか。普段の暮らしではまず気にしない数字だと思います。私も協力隊になるまでは、正直、体重の増減のほうがよほど気になっていました。
町職員向けの「データに基づく玉村町の現状と課題」という研修に参加させてもらい、その数字に町のリアルが詰まっていることを知りました。
玉村町の人口は1990年代に急増し、2005年の約38,000人をピークに緩やかな減少に転じています。2023年の転出入を見ると、転入1,385人に対して転出1,474人と、わずかに転出超過。転出先の多くは高崎市や伊勢崎市など、町を囲む近隣の市です。特に20代では高崎市への流出が目立ちます。背景にあるのは仕事の選択肢の差で、事業所の数は高崎市が玉村町の10倍以上あります。
ただ、暮らす場所として見ると景色は変わります。玉村町は4つの市に囲まれたコンパクトな町で、近隣市で働きながら住むには実は好立地です。そして住宅や生活のコストは東京とはまるで違います。東京では高年収でないと難しいマイホームも、玉村町なら現実的な射程に入ります。年収の額面だけで比べると地方移住は不安に見えますが、生活コストまで含めて考えると、東京と同じかそれ以上の暮らしの豊かさを別の配分で実現できる。データを眺めながら、そんなことを考えました。
町の人口ビジョンや詳しいデータに興味のある方は、第3期玉村町まち・ひと・しごと創生総合戦略にまとまっています。
「区長」と呼ばれる人に会った日
ここからは、数字には表れない玉村町の話です。
私は町内の下新田地区に住んでいるのですが、引っ越して間もなく、「区長」さんにご挨拶に伺いました。東京に長く住んでいた身としては、「区長」と聞くと23区の首長を思い浮かべてしまい、いまだにこの呼び方に慣れません。
玉村町は25の町会に分かれていて、それぞれをまとめる方が「区長」と呼ばれています。自治会長・町会長と同じ役割で、年度ごとの持ち回りがほとんどです。いわばその年の「町の顔役」です。ご挨拶をきっかけに、区長さんから「地域の運動会を見に来ませんか」とお誘いいただきました。
今も続く、地域の運動会

地域の運動会は全国的に減っていて、玉村町でも今も続いているのは下新田地区くらいだそうです。当日はあいにくの雨で会場は体育館に変更されましたが、驚いたのはその運営のスムーズさと熱気でした。
地区内はさらに8つの「丁」に分かれ、丁ごとに得点を競い合います。子ども連れの家族から高齢の方まで一緒になって綱引きに沸き、各プログラムには日用品などの実用的な景品まで用意されている。参加するだけで少し得した気分になれる、細やかな配慮の詰まった一日でした。
移住先で気になるのは「地域に馴染めるか」だと思いますが、玉村町には、こうして人と人をつなぐ場と、それを支える人たちが今も残っています。
データと体温、両方で選ぶ移住
人口データだけを見れば、玉村町は「緩やかに人が減っている町」です。でも実際に暮らしてみると、そこには数字に表れない地域のつながりや、東京では得がたい暮らしのゆとりがあります。移住を検討するときは、ぜひ両方の目で見てみてください。
玉村町への移住に関心のある方は、移住相談窓口までお気軽にどうぞ。
